自由じゃなかった

結婚の話ばかりしているが私はそんなに強い結婚願望がある訳ではない。もう少し大人になってじっくりゆっくり考えることだと思う。


でも、また結婚の話をする。

私はこの時代に産まれて良かったと今までは思っていた。「女のくせに」と言われることも半世紀前に比べたら減ったのだろう(もちろんセクハラなどいろいろな問題が山積みなのは知っています)少なくとも、自分は女のくせにと抑圧された経験はあまりない。

そして多様性理解も進んで来ている。パラリンピックをテレビでみたり、有名人がカミングアウトしたり。この時代でよかったな、自由なんだと考えていた。私はやりたいことを自由に出来るし、国籍や性別、家族などに縛られない生活も、自分が行動すれば実現できると信じていた。


でもそれは違かった。きょうだい児は結婚で高い高いハードルがある。結局結婚できるかは別で、少なからず結婚前のきょうだい児は不安に思う。他人であるきょうだいを考えて相手を探さなきゃいけない。自分の所有物ではない弟が原因で。例えば私の何か(態度や色々)が嫌いで振られたり破談になったら、それはまぁ失恋した女の気持ちにはなるが、そこまで汚い感情は持たない。悲しんだ後は前を向く。でも、他人である弟が原因になったらやり切れない。ものすごい憎い気持ちがでてくるがそれをどこに向ければ良いかわからない。向けたところで私の苦しみはなくならない。なんでこんなハンデを受け入れる必要があるの?到底受け入れられない。


10代から将来を絶望して生きていかなきゃいけないのかとガッカリした。不安しかないのだ。


現代は、ここ日本は、自由なんかじゃない。見えない差別で苦しむ。そして優しい言葉だけを話していたら社会は変わらない。社会や制度が変わらないことなんて障害者や親を見ていて知っている。声を優しくあげるだけじゃ変わらない。


私はきょうだい児として生きて行きたいのではない。弟がいて、好きでもないし嫌いでもないどこの家族も思うような感情を弟に持って、私は私として生きていきたいだけなのに。今は自分の苦しみを説明するために、「きょうだい児」という言葉はを使っているが本当はそんな言葉にすら縛られたくない。

きょうだい児としての私は嫌。私は私でいたい。