経験

経験に基づいた言葉しか言っちゃいけないの?


確かに私は今現時点で「恋愛がー」「遺伝がー」「世話がー」みたいな問題を抱えていない。不安を抱えているが。


ていうか弟のことを話してこなかったからそのような問題を回避してきたというのが正しいのかもしれない。


でも、色んな人の色んな話を見聞きして考えてしまう。私が恐れていることは「割と高確率で」起こるんだよ?私が根拠もなく考えたデタラメなんかじゃなく、実際に起こるんだって。たくさんの方々がくれたコメントを読めば、こんなこと起きないと思う人も分かってくれるのではないか。


割と高確率で起こることを、まだ起こってないからって心配しないなんて無理でしょ。


いつか起こることなんだよ。きょうだいが障害者だから破談だってこの時代もかなりあることだ。(今の所結婚よりやりたいことがいくつもあるし、結婚するとは限らないけど)


心配しすぎなんて意味わからない。


だから起こってもない今から不安になる。遅いんだよ、実際起こってからこの問題を考え始めたら。


今から考えてもどうにもならないけど。


やっぱりきょうだい児であるメリットは私にとっては一つもない。デメリットならたくさん言える。私が望んでもないのに自分の交友関係は「障害に理解のある人」だけに狭まる、つまり選択肢が狭い、障害に理解のある人だけと人付き合いがしたいなんて私思ってないからね?、大切な人に弟のことをなぜか「自分が」言わなきゃいけないというハードルがある、医療や福祉関係の職を周りから望まれる(はねのけたけど)、「障害者のきょうだいなんだからー」と説教される、障害者のきょうだいだから偉いねとかよく分からないことを言われる(こんなブログを書く私のどこを見て偉いなんて言えるのか)、障害者のきょうだいのことを書いたら作文で賞もらえるよと先生に言われる(書かなかった)、遺伝の問題で相手にジャッジされる側になる、成年後見?とか調べたら出てきて今から将来を余分に心配しなきゃいけない。


私は良いことを一つも感じたことがない。自分の話じゃないのに自分に設定されたハードルがいくつもあるとしか思えない。


弟もらいますよというシステムがあったら今すぐにあげたい。


血縁関係でうまくいかないという話は別にこれに限ったことではない。互いに健常者だっていざこざがあって、汚い気持ちを持つ、と言った話もよく見る。(親への憎しみ…とか兄弟姉妹への憎しみ…とか)


でも相手が障害者だとそんなことを思って周りにそれを一言でも言ったらすぐに口を塞がれる。「弟は障害者なのになんてことを言うの!障害者の弟がかわいそう!」とそのあと大激怒だ(親だけじゃない)。弟は無条件で「かわいそう」な人なの?私から見るとかわいそうな部分3割、そうは見えない部分が7割なんだけど。まぁ弟本人がどう感じているかは聞いたことないから知らない。嫌いな気持ちは別に褒められるものじゃないから、褒められなくても良いが、相手が障害者でも、「嫌い憎い」と思うその選択肢くらいは欲しいと前から思う。それすら許されないって一体なんなの?障害者がきょうだいだったら優しく接することだけが義務なの?そうしない選択肢はあるの?優しく接するのは褒められるべきものだが、健常者がきょうだいならそれは義務じゃないでしょ?


幼少期の頃いくらきょうだい児のほうも大切にしようと心がけても、破談とか普通に起こるこの社会じゃ後々10年後20年後と障害者がきょうだいにいることが色々な面において高いハードルになるのは変わらない。


幼少期にきょうだい児が親を独り占めできる時間はもちろん大切だが、それではこの問題は解決しないから。幼少期の独り占めは解決策の一部だと私は思う。


幼少期の独り占めの時間確保でこの問題が解決するなら簡単だよな。それで解決するなら私もこんなことを思わないはずだ。


ていうかどんなことしても解決しないのだろう。