0番目の夢

最近はこれまでで1番勉強を頑張っている。


一つだけ絶対学びたいことがあって、絶対それに関する職業に就きたくて、だから頑張ってる。


ブログ書くことなんて5分しか掛からないし、支障なんかにならない。


朝に勉強の大部分を持ってきたり、夜にやってみたり試行錯誤して、ようやくペースをつかめた。


私には朝の勉強が向いているらしいから、自分の祖母のように早起きして午前中で1日が終わると思いながら勉強している。


分からなさすぎて大変だった英語も分かるようになってきて、「こんなに簡単な仕組みだったのか!」と初めて楽しく思っている。


でも、やるべきことが終わって、ホッとしている時にまた思う。(この時間は私にとってホッとする時間だ)


「やりたいこと」が叶えられてもあの憎い障害者の弟が消えること、または家族じゃなくなることは叶わないんだとただ残念に思う。


なんでこんなに頑張っているのかたまにわからなくなる。


いやもちろん勉強頑張ったらこの問題が解決するなんて思ってもないけど。


やりたいことに向かって頑張っても私は障害者の姉だ。それが嫌だ。いくら夢を叶えても障害者の姉だ。


やりたいことに向かって努力しても、距離を取るためにそれこそ日本を出て行っても、弟との問題はついてくる。


障害者の姉じゃなくなることが、もしかしたらやりたいことより上にある0番目の夢かもしれない。だから早く消えて欲しい。


「障害者の弟がいなくてもまた違う不安や悩みが襲ってくるかもしれない」と言われたことがある。私にとってはそっちのほうがいい。その違う不安や悩みは自分で立ち向かうことができるものだ。そっちの方が幸せだ。


だから本当に弟の存在が憎たらしい。弟消えろなんて言ったらダメだし殺したらこっちが100パーセント悪人になってしまうから、(こんなブログ書いてる時点で割と悪人だけど)、じゃあとりあえず私を「障害者の姉」じゃなくてただの人にしてくれない?絶対に叶わないけど。


家族のこと言わないのなら、私を私として見てくれる人なんてかなりいる。友人とか。

家族のこと言った瞬間に私はいつでもどこでもこれまでもこれからも私ではなく障害者の姉になる。


綺麗事だらけの人ももしあなたの知人が私だとして、私が「障害者の弟がいます」と言ったらそんな目でみるんでしょ?


とにかく弟が邪魔。


障害者の弟がいなければこんなことなかったのにと18になってもこんな幼いことを思うのだからこれからだって思ってしまうのだろうと思う。これからなんてむしろその不安が実際に起こる段階なのだから、憎しみは増すのか。60になっても思っているのだろうか。


障害者の弟がいるとロクなことがない